赤ずきんちゃん
ROTKAPPCHEN
グリム兄弟 Bruder Grimm
楠山正雄訳
むかし、むかし、あるところに、ちいちゃいかわいい女の子がありました。
それはたれだって、ちょいとみただけで、かわいくなるこの子でしたが、
でも、たれよりもかれよりも、この子のおばあさんほど、
この子をかわいがっているものはなく、この子をみると、
なにもかもやりたくてやりたくて、いったいなにをやっていいのか
わからなくなるくらいでした。
それで、あるとき、おばあさんは、赤いびろうどで、
この子にずきんをこしらえてやりました。
すると、それがまたこの子によく似あうので、
もうほかのものは、なんにもかぶらないと、きめてしまいました。
そこで、この子は、赤ずきんちゃん、赤ずきんちゃん、とばかり、
よばれるようになりました。
ある日、おかあさんは、この子をよんでいいました。
「さあ、ちょいといらっしゃい、赤ずきんちゃん、
ここにお菓子かしがひとつと、ぶどう酒しゅがひとびんあります。
これを赤ずきんちゃん、おばあさんのところへもっていらっしゃい。
おばあさんは、ご病気でよわっていらっしゃるが、
これをあげると、きっと元気になるでしょう。
それでは、あつくならないうちにおでかけなさい。
それから、そとへでたら気をつけて、おぎょうぎよくしてね、
やたらに、しらない横道へかけだしていったりなんかしないのですよ。
そんなことをして、ころびでもしたら、せっかくのびんはこわれるし、
おばあさんにあげるものがなくなるからね。
それから、おばあさんのおへやにはいったら、
まず、おはようございます、をいうのをわすれずにね。
はいると、いきなり、おへやの中をきょろきょろみまわしたりなんかしないでね。」
「そんなこと、あたし、ちゃんとよくしてみせてよ。」と、
赤ずきんちゃんは、おかあさんにそういって、指きりしました。
ところで、おばあさんのおうちは、村から半道はなれた森の中にありました。
赤ずきんちゃんが森にはいりかけますと、おおかみがひょっこりでてきました。
でも、赤ずきんちゃんは、おおかみって、
どんなわるいけだものだかしりませんでしたから、べつだん、
こわいともおもいませんでした。
「赤ずきんちゃん、こんちは。」と、おおかみはいいました。
「ありがとう、おおかみちゃん。」
「たいそうはやくから、どちらへ。」
「おばあちゃんのところへいくのよ。」
「前かけの下にもってるものは、なあに。」
「お菓子に、ぶどう酒。おばあさん、ご病気でよわっているでしょう。
それでおみまいにもってってあげようとおもって、
きのう、おうちで焼いたの。これでおばあさん、しっかりなさるわ。」
「おばあさんのおうちはどこさ、赤ずきんちゃん。」
「これからまた、八、九町ちょうもあるいてね、
森のおくのおくで、大きなかしの木が、三ぼん立っている下のおうちよ。
おうちのまわりに、くるみの生垣いけがきがあるから、すぐわかるわ。」
赤ずきんちゃんは、こうおしえました。
おおかみは、心の中でかんがえていました。
「わかい、やわらかそうな小むすめ、こいつはあぶらがのって、おいしそうだ。
ばあさまよりは、ずっとあじがよかろう。
ついでにりょうほういっしょに、ぱっくりやるくふうがかんじんだ。」
そこで、おおかみは、しばらくのあいだ、
赤ずきんちゃんとならんであるきながら、道みちこう話しました。
「赤ずきんちゃん、まあ、そこらじゅうきれいに咲いている花をごらん。
なんだって、ほうぼうながめてみないんだろうな。
ほら、小鳥が、あんなにいい声で歌をうたっているのに、
赤ずきんちゃん、なんだかまるできいていないようだなあ。
学校へいくときのように、むやみと、せっせこ、せっせこと、あるいているんだなあ。
そとは、森の中がこんなにあかるくてたのしいのに。」
そういわれて、赤ずきんちゃんは、あおむいてみました。
すると、お日さまの光が、木と木の茂った中からもれて、
これが、そこでもここでも、たのしそうにダンスしていて、
どの木にもどの木にも、きれいな花がいっぱい咲いているのが、
目にはいりました。
そこで、
「あたし、おばあさまに、げんきでいきおいのいいお花をさがして、
花たばをこしらえて、もってってあげようや。
するとおばあさん、きっとおよろこびになるわ。
まだ朝はやいから、だいじょうぶ、時間までに行かれるでしょう。」
と、こうおもって、ついと横道から、その中へかけだしてはいって、
森の中のいろいろの花をさがしました。
そうして、ひとつ花をつむと、その先に、もっときれいなのがあるんじゃないか、
という気がして、そのほうへかけて行きました。
そうして、だんだん森のおくへおくへと、さそわれて行きました。
ところが、このあいだに、すきをねらって、
おおかみは、すたこらすたこら、おばあさんのおうちへかけていきました。
そして、とんとん、戸をたたきました。
「おや、どなた。」
「赤ずきんちゃんよ。お菓子とぶどう酒を、おみまいにもって来たのよ。
あけてちょうだい。」
「とっ手をおしておくれ。おばあさんはご病気でよわっていて、おきられないのだよ。」
おおかみは、とっ手をおしました。
戸は、ぼんとあきました。
おおかみはすぐとはいっていって、なんにもいわずに、
いきなりおばあさんのねているところへ行って、
あんぐりひと口に、おばあさんをのみこみました。
それから、おばあさんの着物を着て、おばあさんのずきんをかぶって、
おばあさんのお床とこにごろりと寝て、カーテンを引いておきました。
赤ずきんちゃんは、でも、お花をあつめるのにむちゅうで、
森じゅうかけまわっていました。
そうして、もうあつめるだけあつめて、このうえ持ちきれないほどになったとき、
おばあさんのことをおもいだして、またいつもの道にもどりました。
おばあさんのうちへ来てみると、戸があいたままになっているので、
へんだとおもいながら、中へはいりました。
すると、なにかが、いつもとかわってみえたので、
「へんだわ、どうしたのでしょう。
きょうはなんだか胸がわくわくして、きみのわるいこと。
おばあさんのところへくれば、いつだってたのしいのに。」
と、おもいながら、大きな声で、
「おはようございます。」
と、よんでみました。でも、おへんじはありませんでした。
そこで、お床とこのところへいって、カーテンをあけてみました。
すると、そこにおばあさんは、横になっていましたが、ずきんをすっぽり目までさげて、
なんだかいつもとようすがかわっていました。
「あら、おばあさん、なんて大きなお耳。」
「おまえの声が、よくきこえるようにさ。」
「あら、おばあさん、なんて大きなおめめ。」
「おまえのいるのが、よくみえるようにさ。」
「あら、おばあさん、なんて大きなおてて。」
「おまえが、よくつかめるようにさ。」
「でも、おばあさん、まあ、なんてきみのわるい大きなお口だこと。」
「おまえをたべるにいいようにさ。」
こういうがはやいか、おおかみは、いきなり寝床からとびだして、
かわいそうに、赤ずきんちゃんを、ただひと口に、あんぐりやってしまいました。
これで、したたかおなかをふくらませると、
おおかみはまた寝床にもぐって、ながながと寝そべって休みました。
やがて、ものすごい音を立てて、いびきをかきだしました。
ちょうどそのとき、かりうどがおもてを通りかかって、
はてなと思って立ちどまりました。
「ばあさんが、すごいいびきで寝ているが、へんだな。
どれ、なにかかわったことがあるんじゃないか、みてやらずばなるまい。」
そこで、中へはいってみて、寝床のところへ行ってみますと、
おおかみが横になっていました。
「ちきしょう、このばちあたりめが、とうとうみつけたぞ。
ながいあいだ、きさまをさがしていたんだ。」
そこで、かりうどは、すぐと鉄砲をむけました。
とたんに、ふと、ことによると、おおかみのやつ、
おばあさんをそのままのんでいるのかもしれないし、
まだなかで、たすかっているのかもしれないぞ、とおもいつきました。
そこで鉄砲をうつことはやめにして、そのかわり、
はさみをだして、ねむっているおおかみのおなかを、じょきじょき切りはじめました。
ふたはさみいれると、もう赤いずきんがちらと見えました。
もうふたはさみいれると、女の子がとびだしてきて、
「まあ、あたし、どんなにびっくりしたでしょう。
おおかみのおなかの中の、それはくらいったらなかったわ。」と、いいました。
やがて、おばあさんも、まだ生きていて、はいだしてきました。
もう、よわって虫の息になっていました。
赤ずきんちゃんは、でも、さっそく、大きなごろた石を、
えんやらえんやらはこんできて、おおかみのおなかのなかにいっぱい、つめました。
やがて目がさめて、おおかみがとびだそうとしますと、石のおもみでへたばりました。
さあ、三人は大よろこびです。
かりうどは、おおかみの毛皮をはいで、うちへもってかえりました。
おばあさんは、赤ずきんちゃんのもってきたお菓子をたべて、ぶどう酒をのみました。
それで、すっかりげんきをとりかえしました。
でも、赤ずきんちゃんは、
(もうもう、二どと、森の中で横道にはいって、かけまわったりなんかやめましょう。おかあさんがいけないと、おっしゃったのですものね。)と、かんがえました。
(おしまい)