ジャックと豆の木2

ジャックと豆の木2

楠山正雄

         二

 ジャックは、そのとき、まずそこらを見まわしました。

すると、そこはふしぎな国で、青あおとしげった、しずかな森がありました。

うつくしい花のさいている草原もありました。

水晶すいしょうのようにきれいな水のながれている川もありました。

こんなたかい空の上に、こんなきれいな国があろうとは、
おもってもいませんでしたから、ジャックはあっけにとられて、
ただきょとんとしていました。

 いつもまにか、ふと、赤い角かくずきんをかぶった、
みょうな顔のおばあさんが、どこから出て来たか、
ふと目の前にあらわれました。

ジャックは、ふしぎそうに、このみょうな顔をしたおばあさんをみつめました。

おばあさんは、でも、やさしい声でいいました。

「そんなにびっくりしないでもいいのだよ。
わたしはいったい、お前さんたち一家いっかのものを
守ってあげている妖女ようじょなのだけれど、
この五、六年のあいだというものは、わるい魔もののために、
魔法でしばられていて、お前さんたちをたすけてあげることができなかったのさ。
だが、こんどやっと魔法がとけたから、これからはおもいのままに、
助たすけてあげられるだろうよ。」

 だしぬけに、こんなことをいわれて、ジャックは、
なおさらあっけにとられてしまいました。

そのぽかんとした顔を、妖女はおもしろそうにながめながら、
そのわけをくわしく話しだしました。

それをかいつまんでいうと、まあこんなものでした。

「ここからそうとおくはない所に、おそろしい鬼の大男が、
すみかにしている、お城のような家がある。

じつはその鬼が、むかし、そのお城に住んでいたお前のおとうさんをころして、
城といっしょに、そのもっていたおたからのこらずとってしまったものだから、
お前のうちは、すっかり貧乏びんぼうになってしまったのさ。

そうしてお前も、赤ちゃんのときから、かわいそうに、
お前のおかあさんのふところにだかれたまま、下界げかいにおちぶれて、
なさけないくらしをするようになったのだよ。

だから、もういちど、そのたからをとりかえして、わるいその鬼を、
ひどいめにあわしてやるのが、お前のやくめなのだよ。」

 こういうふうにいいきかされると、ぐうたらなジャックのこころも、
ぴんと張はってきました。

知らないおとうさんのことが、なつかしくなって、
どうしてもこの鬼をこらしめて、かすめられたたからを、
とりかえさなくてはならないとおもいました。

そうおもって、とてもいさましい気になって、
おなかのすいていることも、くたびれていることも、きれいにわすれてしまいました。

そこで、妖女にお礼をいってわかれますと、
さっそく、鬼の住んでいるお城にむかって、いそいで行きました。

 やがて、お日さまが西にしずむころ、ジャックは、
なるほどお城のように大きな家の前に来ました。

 まず、とんとんと門をたたくと、なかから、目のひとつしかない、
鬼のお上かみさんが出て来ました。

きみのわるい顔に似合にあわず、鬼のお上さんは、
ジャックのひもじそうなようすをみて、かわいそうにおもいました。

それで、さもこまったように首をふって、

「いけない、いけない。きのどくだけれど、とめてあげることはできないよ。
ここは、人くい鬼のうちだから、みつかると、晩のごはんのかわりに、
すぐたべられてしまうからね。」といいました。

「どうか、おばさん、知れないようにしてとめてくださいよ。
ぼく、もうくたびれて、ひと足もあるけないんです。」と、たのむように、
ジャックはいいました。

「しかたのない子だね。じゃあ今夜だけとめてあげるから、
朝になったら、すぐおかえりよ。」

 こういっているさいちゅう、にわかにずしん、ずしん、
地ひびきするほど大きな足音がきこえて来ました。

それは主人の人くい鬼が、もう、そとからかえって来たのです。

鬼のお上さんは、大あわてにあわてて、ジャックを、
だんろの中にかくしてしまいました。

 鬼は、へやの中にはいると、いきなり、ふうと鼻をならしながら、
たれだってびっくりしてふるえ上がるような大ごえで、

「フン、フン、フン、
イギリス人の香がするぞ。
生きていようが死んでよが、
骨ごとひいてパンにしょぞ。」

と、いいました。すると、お上さんが、

「いいえ、それはあなたが、つかまえて、土の牢ろうに入れてあるひとたちの、
においでしょう。」といいました。

 けれど鬼の大男は、まだきょろきょろそこらを見まわして、
鼻をくんくんやっていました。

でも、どうしても、ジャックをみつけることができませんでした。

 とうとうあきらめて、鬼は、椅子いすの上に腰こしをおろしました。

そしてがつがつ、がぶがぶ、たべたりのんだりしはじめました。

そっとジャックがのぞいてみていますと、それはあとからあとから、
いつおしまいになるかとおもうほどかっこむので、
ジャックは、目ばかりまるくしていました。

さて、たらふくたべてのんだあげく、お上さんに、

「おい、にわとりをつれてこい。」といいつけました。

 それは、ふしぎなめんどりでした。テーブルの上にのせて、鬼が、

「生め。」といいますと、すぐ金のたまごをひとつ生みました。

鬼がまた、
「生め。」といいますと、またひとつ、金のたまごを生みました。

「やあ、ずいぶん、とくなにわとりだな。
おとうさんのおたからというのは、きっとこれにちがいない。」と、
下からそっとながめながら、ジャックはそうおもいました。

 鬼はおもしろがって、あとからあとから、いくつもいくつも、
金のたまごを生ましているうち、おなかがはってねむたくなったとみえて、
ぐすぐすと壁かべのうごくほどすごい大いびきを立てながら、
ぐっすりねこんでしまいました。

 ジャックは、鬼のすっかりねむったのを見すまして、
ちょうど鬼のお上さんが、台所へ行っているのをさいわい、
そっとだんろの中からぬけだしました。

そして、テーブルの上のめんどりを、ちょろり小わきにかかえて、
すたこらお城を出て行きました。

 それから、どんどん、どんどん、かけだして行って、
豆の木のはしごのかかっている所までくると、するするとつたわっておりて、
うちへかえりました。

 ジャックのおかあさんは、むすこが、

鬼か魔女にでもとられたのではないかと心配していますと、
ぶじでひょっこりかえって来たので、とても大さわぎしてよろこびました。

それからは、ジャックのもってかえった、
金のたまごを生むにわとりのおかげで、おや子はお金もちにもなりましたし、
しあわせにもなりました。

        
ジャックと豆の木1木
ジャックと豆の木3